歓んでこの世を離れ、しがらみを失くしてあげることこそ先祖供養であり、生きている者の務め。

私の前の世代、つまり両親とは宗派は変わりました。

それでも先祖供養は大切に思っていますし、家族でお墓詣りには行っています。

多くの方は、亡くなった方々に「護られる」視点で考えるようですが、

それは違うというのが私達の考え方です。

 

私達は、生きている時には肉体を持っていろんな良い経験も悪い経験もしますが、

亡くなった人は肉体がないのですから、動いて何かすることはできません。

むしろ、生きている私達が立派に成長していくことのほうが、

亡くなった方達に安らかに眠ってもらえことになるのだと思います。

 

亡くなった方々は、それがどんな人生であれ、

寿命まで立派に生き抜いてこられたのですから。

 

また、私達は若くして自分たちのお墓を持ち、

宗派は違っても、今は見送った方々もそのお墓に入ってもらっています。

 

「先祖代々のお墓に入れてやれよ」という声があったとしても、

ある意味その宗派に導いてくれたのは親であり、

私達が正しいと信じている道があったことも理解して頂いていました。

みなが手を合わせていけるお墓に入れてあげようよ、

ということで身内の意見が一致した経緯もあります。

 

また、人によってはご自宅に仏壇がなく、

お墓詣りイコール先祖供養と捉える方もいらっしゃるでしょう。

それに、今は核家族の家も多く、実家にしか仏壇がないという方も多いですし、

単身での生活で、場所もとれないという場合もあるかと思います。

なかなか以前のような環境をつくること自体が難しいので、

人々の「先祖を敬う」という慣習も根付いていかないかもしれません。

 

私達の家には仏壇もあり、家族は毎朝と毎晩、

つまり一日に2回それぞれが30分以上手を合わせて読経しますし、

その中には先祖供養、祈願も加わっています。

 

今は比較的「家族葬」「友人葬」などで見送る人も多くなりましたが、

お葬式の時点からお坊さんの来る家もあると思います。

私はこれが子供の頃から実に不思議でした。

 

何故、自分の身内の死に、特別縁もゆかりも感じないお坊さんという他人に、

大金を出して供養してもらうのか、

それが成仏に向かう理由は何なのか、

今でもそれがわかる人がいたら聞きたいと思っています。

 

お坊さんが特別なすごい力を持っている?

でも、今では普通に生活している人が多いみたいだし、

結婚して子供までいるよ、と不思議だらけです。

 

なので、その辺はまあ曖昧であったとしても、親族の供養として、

私達生きている者がしっかり毎日を生きて、

この世を去る時にはまた安心して去れるような世の中にしていくことが、

先祖供養として非常に大切なことですよね。



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