墓参りと親子の縁

大変お恥ずかしいことではありますが、

最近私は実の母親と長年疎遠になっていた関係性を解消し、

それまでほぼ経験がなかった一緒に墓参りというものをして参りました。

 

それまでは私の現在の家族である妻や子供たちとは何度か墓参りには来ていたのですが、

そのことは疎遠になっていた母には内緒にしての墓参りでした。

 

疎遠になってしまった原因は過去から現在に至るまでの数々ある事象によるものですし

細かくは語ることのできないことではありますが、

何にせよ実の母親との関係性を疎遠にしてしまったことは子として、

何より人としてお恥ずかしいことであります。

 

きっかけはとあることで数年間もメールすらしなかった私が

どうしても母親にお礼を伝えねばならない状況でして

何気なくお礼のメールを数年ぶりに送信しました。

 

すると即座に返信されてきて、私からのメールに驚きまたとても嬉しかったようです。

本当に味気なくそっけないお礼の文面だったにもかかわらずです。

 

その母からの文面には理由はどうあれ

疎遠になってしまったことをに対する謝罪が延々と語られていました。

 

それを読んでいるうちに自分自身のこれまでの生き方が恥ずかしくなり

またどうしても声を聞きたくなり

即座にこちらから電話をし、数年ぶりに生の声を聴きました。

 

私も母も涙で声が震え、互いにこれまでのことを謝罪し続けました。

 

そして近々会おうということになり私が「どこに行きたい?」と尋ねると

母は真っ先に「一緒に墓参りに行きたい」と答えました。

私にそれを断る理由など何一つとしてありませんでした。

 

数年ぶりにあったその日の早朝、

待ち合わせ場所で顔を合わせるなりお互い涙が止まりませんでした。

いろんな思いが交錯しましたが何より会うことができた喜びによる涙でありました。

 

そして約1時間かけて一緒に車で墓参りに行きました。

その道中はこれまでの疎遠だった関係性など忘れさせるぐらい会話が弾みました。

これまでの空白の数年間お互い何があったのかの情報交換、そして何より思い出話。

そうこうするうちにあっという間に墓につきました。

 

墓ではとにかく二人でせっせと掃除をしました。

母は準備してきた花や水や線香の準備、私は墓掃除用の水くみや草むしりなど。

その間すでに亡くなって今目の前の墓で眠っている父や祖母の思い出話がお互い止まりませんでした。

そして笑いが止まりませんでした。

 

線香を墓前に挙げる際、手を合わせ拝みながら

何度も墓に眠る父や祖母に対して謝りつづけましたし、

なによりこうやって親子の縁を取り戻して

一緒にお墓参りにこれたことを感謝し続けました。

 

相当長く拝んでいたと思いますが、母はその姿に対してただ黙って見守ってくれていました。

おそらく私の胸中をうかがい知れたのでしょう。

 

その後二人で思いっきりドライブを楽しみ、別れる際また墓参りに行くことを約束しました。

ちなみに今では月一回ではありますが必ず母と一緒に墓参りに行っています。

今月は息子を連れて三人一緒に墓参りに行く予定となっております。

 

墓参りをきっかけに親子の縁をとりもどせた自分自身を反省しつつ、

感謝を胸にこれからは本当に母を大切にしなければならないと誓いました。



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