先祖である親を一番大切にしましょう。

先祖を大切にするということは、

私の一番の先祖になる親を大切にすることと同じです。

私は、自分の病気を通じて、感じた体験談をお話します。

 

私は、故郷を離れて20年経ったくらい遠方で仕事をしていました。

しかし、父と母が病気で入院をするようになり、親の先行きを不安に感じたので、

妻と息子一人を連れて帰郷しました。

 

でも私は、帰郷を考えた時に、何かにつけ親との口論が絶えなかったこともあって、

気が重くなりました。

 

私が学生だった時も進路のことで口をはさまれ、

私の希望とは違う分野の選択を促されたり、

私がコンピューター関連の会社に就職しようとすることになった時も、

その仕事に対しても口をはさまれたりと、

なにかにつけ、いちいち口を挟む親が嫌でした。

 

私たちが帰郷したときも、こうでした。

そうそうに生活費を誰がどれだけ出すか、

ちょっと庭に出た時に玄関の鍵をかけるかどうか、

家を空ける時のカーテンの開け閉めはどうするかなど口論しました。

私は、細かいことを一つ一つ言う親の存在を正直うっとうしく、

そんな面倒くさい親を心の中では軽蔑していました。

 

そんな折、帰郷して1年経たないうちに、

私は「手根管症候群」という手がしびれる病気になり、両手首にメスをいれました。

それから2年経って、今度は「虚血性大腸炎」という

大腸の毛細血管までに血がいかないという病気で入院をし、

そのまた2年後もまた同じ病気で入院をしました。

 

そして、帰郷して10年たったある日、うつ病になって会社を辞めることになったのでした。

実家に帰る以前の生活では、風邪もひかないくらい丈夫な体だったのですが、

帰郷してからは手術や入院、喘息といった病気をしやすい体になっていました。

私が仕事ができなり、妻だけの収入だけでは生活できず、いきなり経済的に窮地に陥りました。

 

その時に、手を差し伸べてくれたのが親でした。

食費以外の、光熱費などの費用は親が全部面倒みてくれることになったのです。

ここまできたら、もう親に頭をさげるしかありませんでした。

 

それでもしばらくは、私は親をまだ軽蔑していました。

学生の頃からずっと親子関係に亀裂が生じたままだったので、

経済的に助けてくれることはありがたかったのですが、

親の愛情を受け入れることができませんでした。

それどころか、私一人では通院も出来なかったので、

母親に送り迎えをお願いしていた時も、ありがとうの一言も言わずそれどころか、

母親の気にいらない点を露骨に車の中で口にしていました。

 

ある日、私は妻にいつまでも、親と不仲ではいけないということを諭されました。

私もそうしたいのは山々だったのですが、

いきなり態度を変えることもできないまま困っていました。

 

それを見かねた妻が、私の部屋に親の写真を飾ってくれました。

同居しているといっても普段はあまり話もすることがなく、

生活のリズムも違っていたので顔を合わせることもそれほどなかったからです。

写真を飾ることで、口に出さずとも、心のなかで感謝が少しずつ出来るようになり、

私が親に対する思いにも体調にも変化が起こり始めました。

 

しばらくして、人と顔を合わせることも億劫で

憂うつだった私のうつの状態が少しずつよくなっていきました。

1年半ほど仕事ができなかった私が、外にで働けるようになりました。

 

そして、私が軽蔑していた親への接し方も

通院で送迎してもらった時も「ありがとう」と言うまでになり、

私も親に対する態度も少しずつ変わっていき

気持ちの中でも感謝するまでになっていました。

 

そんな思いが積もったある日、私のほうから今までの態度が悪かったことを謝りました。

それからというもの、私の親に対する固執した思いで親の部屋になかなか入れなった私が、

肩をもんであげると理由をつけては、出入りして親と積極的に話をするようになりました。

 

私の親は今も生きています。

でもいつかは、本当の先祖になります。

今、生きている親が喜んでくれる心になってもらわなければ、

先祖の方々に本当の真心を手向けることはできないのではないかと考えるようになりました。

 

今の私は、先祖がいたからこそ、存在する命であると考えれば、

その脈々と受け継がれてきたなかで一番の先祖である親には、感謝の2文字しかありません。

それからは、私の誕生日が来ると、

まず先祖に感謝して、次に親に自分が今日まで生きてこられたことを感謝するようになりました。

 

私は、親との口論が絶えなかったことで、親を軽蔑していましたが、

これは私の家系の宿題をしたのだと考えています。

血を受け継ぐとともに、家系の癖みたいなものを受け継いだのです。

結局、子孫のだれかがその宿題をやらなければならないのだと感じました。

 

私に一番近い先祖である親がいなくなってから、

あの時ああすればよかったなどと思ってもどうしようもありません。

 

今こうして親が生きている間に、お互いに向かい合い感謝し、親を大切にする心が、

私の先祖全てを大切にすることに繋がると思ったのでした。



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