仏壇に願い事をしない

供養ということが必要なのは、

何よりもまず遠い先祖や近い先祖が心安らかに成仏し、

さとりの境地に入ってもらうためです。

成仏とは、この世に残った執着を忘れ、

平穏な世界に進んでもらうことです。

 

ところが多くの人は、この世のことをさらりと忘れて、

自ら成仏しようとしている先祖たちを迷わすようなことを、

毎日仏壇に向かって言ったり、行為をしているのです。

 

それが願い事やグチです。

そもそも人間というものは、どんなに行いすました聖人のような大人物であっても、

様々な思いを持つものです。

そうした想い、この世への名残を簡単に全て断ち切って、

心安らかに、あの世へ旅立てる人というのは少ないでしょう。

 

ところが成仏の手助けをしなければならない者が、

仏壇の前に座って、遺族たちの仲が悪いだとか、

夫婦がうまゆかないとか、子どもの病気をなんとかしてくれとかいって、

手を合わせて拝んだりすれば、

ただでさえ、後ろ髪を引かれる思いでいる霊魂を、

必要以上に心配させたり、悲しませたりしてしまいます。

 

もし願い事をしたいときやグチを聞いてほしいなら、

神社やお寺に参って、神様や本当の仏様に頼むべきでしょう。

 

仏壇に手を合わせる時は、先祖に心配をかけないように努めなければなりません。



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仏壇に願い事をしない への1件のコメント

  1. 福郎

    私は、仏壇にお願い事をしてもかまわないと思います。
    本項目は、仏壇に対する認識が間違っているからだと思っています。
    仏壇はお寺の内陣を家に移したもので、お寺の様にご本尊・仏様をお祀りしている場所です。先祖をお祀りするのは二義的であり、仏様をお祀りするから「仏壇」なのです。「先祖壇」ではないということです。
    従って、仏壇には、きちんと開眼供養されたご本尊・仏様をお迎えする、または、お祀りしたご本尊・仏様に開眼供養をお願いすることが一番肝心なことです。この視点が抜けているように感じるのですがどうでしょうか?
    ゆえに、仏壇へのお供えとは、まず仏様になすべきものであり、続いてご先祖にも行き届くよう祈るべきものです。また、仏様への「勤行次第」は今は数多く出ておりますので、ふさわしいものを入手して毎日ご法楽を捧げるのは良いことだと思います。仏様に礼拝し供養してそれで得た功徳をご先祖様に回向する、というのがきちんとした先祖供養の形式だと考えます。
    本項目の”仏壇に願い事をしない”というのは、これはお願い事をする相手を間違えているのであって、お願い事はご先祖ではなく、仏様にするものです。お寺にお参りするときのことを考えれば理解できると思います。そのお願い事には、成仏されてないご先祖の速やかな成仏も当然含まれます。
    参考として、仏事について学ぶことが多かった本を紹介します。
        「それ迷信やで―迷信列島漫才説法」(新書 1981/1 東方出版)今井 幹雄、
     続編で「それ無茶やがな 続・迷信列島漫才説法」
    古い本ですが、檀家とのやりとりをもとに仏事について教えてくれる本で、面白くてためになる良書だと思います。

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