お墓が遠いので、毎年お盆はお供えを送ってます

我が家は分家のため自宅にお仏壇はありません。

分家ということもありお盆やお彼岸に対しては若干気楽なところもありますが、

お盆やお彼岸になると日本人として故人に思いを馳せたり、お墓の様子が気になったりします。

 

普段はあまり気にしませんが、年に数回のこのお墓イベント時には、

街のお墓が花で彩られ華やかになっているのを見ると、

ふと亡くなった祖父などに思いを馳せてお墓参り行かなくてはいけないな

なんて考えたりします。

 

スピリチュアル的な面に関してはあまり霊感もなく体験もないので、

亡くなった方を偲ぶことはあれど、

御先祖に護られてるとか世代が巡っているとかそういう考えはあまり持っていません。

 

まだ存命の祖母などは、よく故人の命日に近く産まれる子供を、

もしかしたら生まれ変わりかもなんて話してくることはありますが、

その考え方に私はあまりいい気はしません

この子はこの子なのだから、生まれ変わりなどそういう目で見ずに、

きちんとありのままを見てあげてほしいと思ってしまうからです。

 

しかしながら自分によくしてくれた祖父母への思いは大切にしたいと思いますし、

きっと将来もっと身近な人が亡くなったときは

お墓参りや、個人を偲ぶことを糧に生活することもあり得ると思うので

馬鹿にはしたくないなと思っています。

 

しかしながら私の家のお墓はとても遠く、田舎の山の中にあります。

結婚した夫のお墓も遠く、なかなか現地に赴いてお参りをするということは出来ません。

最後にお墓の前でお参りしたのも三、四年前になります。

 

ぞんざいにしている訳ではなく、単純に接客商売の職の身ですので

お盆やお彼岸の休日にお休みをとることができません。

そのため毎年お盆には御供えののしを付けて水菓子を本家へお送りしています。

お仏壇に供えていただければ幸いですと手紙も添えています。

 

御参りをする象徴の仏壇やお墓の前に立てないことはやや申し訳ない気持ちもありますが、

今を生きてこそ過去を偲べるとも思うので、

そこは御先祖さまに寛大になって頂ければななんて思っています。

 

お盆明けやお彼岸明けは、いつか私も見送る世代になるのかなと思い

しんみりと現状を噛み締める日もあります。

 

今両親へできるだけの感謝の気持ちを表して、

いつか来る別れの時に後悔のないように生きたいなと思います。

 

なかなかそのような気持ちになれる日も貴重なものだと思うので、

昔ながら続くこのお盆やお彼岸の故人を偲ぶ期間は、

今の生き方を見つめ直すいい機会になっているんだろうなと思います。



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