亡くなった父の供養について

5年前に父を亡くしました。

今思えば、父の葬儀を開くことは父の思いを私たちが代わって、

参列した方々に伝える場であり、

それが父への供養につながっているのではないかと考えます。

 

親戚はほとんど他県に暮らして、

檀家に入っている寺もなく宗派等についても全く不明な状態でした。

父はそんな私たち子どものことを心配していたのだと思います。

 

生前自分が癌に侵されて、余命いくばくもないことはわかっていたので、

自分が死んだら葬儀はこんな感じに、

という構想を入院しているベッドの上で考えて、私に話してくれました。

 

また、葬儀屋については、入院前に互助会に加入したから

今のうちから打ち合わせをしに行って、話を聞いておきなさいと何度も言うので、

葬儀屋との話もしてきました。

 

入院1か月余りでこれ以上は何もできないと、医師から話を受けました。

そのため、本人が希望している自宅へ帰ることになりました。

 

帰宅後1週間で父は他界しました。

早速、いよいよ葬儀屋への電話連絡をして準備にとりかかります。

父はまだ元気だった頃は、「自分が死んだら葬式は、身内だけでこじんまりでいい。」

と話していたのですが、

ある友人の葬儀に参列し、亡くなった方の奥さんから聞いた話で

考えていたことが180度転換されたそうです。

 

その話というのは、

「自分は小さくやればいいと思っても、

参列した方々に恥ずかしい思いをさせてしまうといけないから。」

とのことでした。

 

「おもてなし」というのでしょうか、父は友人の奥さんの話から、

生前お世話になった方々へ最期に感謝の意を示し、

お別れができるようにという思いになったのだと思います。

 

父の希望した葬儀とは、次の通りでした。

まず、亡くなった際の連絡先です。

何しろ、父は生まれ故郷から離れて学校へ通い、

就職をしたので父の実家の友人知人等については全く知りえなかったのです。

親戚、地元の友人、職場の関係者など方々への連絡をとりました。

 

そして、他県からいらっしゃる方の宿泊先の手配です。

中には障害を持たれた方もいるので、バリアフリー完備のお部屋を手配しました。

 

そして、通夜葬儀では自分の幼少から今に至るまでの写真、自宅の写真を

スライドショーで上映してほしいということでした。

そして、入院中にベッドの上で思いを綴った文章を印刷して、

香典返しと一緒に渡してほしいということでした。

 

他にも父は入院中に、入院中のお世話になった病院関係者の方へ向けてと、

信頼する仕事の仲間へと手紙をしたためていました。

平素は達筆な人でしたが、入院中に書いた文字はペンを持つのが精いっぱいなくらいだったようで、

ミミズが這っているような文字でしたが、

何とか解読しパソコンで書き直して印刷したものを渡しました。

父の希望を叶えるために、バタバタと短い時間での準備をして無事終えることができました。

 

葬儀のあとは、まだ父に対してこれで良かったのかという思いが拭えなかったのですが、

日々仏壇に向かい手を合わせて父との対話をすることで、

少しずつ父から暖かいものを受け取れるような気がしています。

供養というのは、こういうことなのかなと最近感じています。



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