ご先祖様を大切にする気持ちの相違体験

ご先祖様を供養する考え方というものが家庭によって違いがあることを結婚してから知りました。

それまではご先祖様の供養の仕方は宗教は違えど万人同じものであると思っていました。

 

私は物心付く前から仏壇とはとても大切なものであるという育ち方をしています。

父方の祖父母の家には誰が亡くなったというわけでもなく仏壇が備えてありました。

まだ神様というものがわからない頃は、見えないものがそこにいるというのが恐く、

仏壇に寄りつくというこはありませんでしたが、

今思うとそこには阿弥陀如来、仏様がいらっしゃったのだと思うと、

とても有り難い空間だったのだと思います。

 

年月が経ち、父方の祖父母の家の仏壇にも母方の祖父母の家の仏壇にも

祖父母のどちらかが祀られるようになりました。

お水やご飯をあげることを幼い私が手伝うこともあり、

時には仏壇にあがったご飯をもらうことがとても楽しみでした。

この頃から仏壇にお供えされたものをお下がりで有り難く頂く

というしきたりが自分のものとなりました。

 

早くに祖父母を亡くしたこともあってか、葬儀への参列も早く、

清拭・湯灌は遺族にとって大切な儀式であり、お通夜の夜には故人の話しで楽しく過ごし、

代わる代わる線香番をしながら朝を迎え、

故人との残された時間を大切に過ごすものだと思ってきました。

 

祖父母だけでなく、遠い親族であってもお盆にはお墓参りを欠かさない家系だったこともあり、

ご先祖様というのは遠くありながらもいつも見守ってくれる近い存在でもありました。

 

しかし、これが当たり前ではないということを知ります。

夫の祖母が亡くなり、初めに驚いたことは、祖母の家に備えられていた仏壇でした。

その仏壇には先に亡くなった祖父が祀られていたのです。

仏壇は閉め切られており、物置状態でした。

 

あらかじめ清拭・湯灌の時間が決まっていましたが、夫の両親は不在。

その間に100円ショップで数珠を買ってきたと言うのですから

あんぐりと口が開いてしまいました。

20代の頃からいつでも葬儀に参列ができるようにと

自分の数珠を持っていた自分と比較せずにはいられません。

 

葬儀場に移動し通夜が始まりました。

故人を忍び、夜遅くまで宴が行われていたようでした。

しかし、線香番が必要だと思った私は、夫に起床時間を伝え、

高齢の親族の方々と先に眠りに就きました。

 

時間になり起きてみると線香が消えています。

その時に起きている人はいましたが、誰も線香が消えていることに気づいていません。

憤りを隠しながら、早朝に起きてくる高齢の親族の方々とお話をしながら過ごし、

朝食を終え、お葬式が始まり火葬場への移動です。

 

火葬が終わると、遺影、位牌、遺骨を誰も持ちたくないと

多くの親族の前で譲り合う夫の家族の姿を見てやるせない気持ちになりました。

 

遺骨法要のため葬儀場に戻り、法要が終わると

祭壇にあげられたものをどうするかと葬儀場の方に聞かれました。

その時に聞いた言葉は「気持ち悪いから捨ててください。」といった言葉でした。

夫の家族は私の育ってきた環境とは全く正反対のものでした。

 

その頃は私も若く、非常識なのではないかと思いましたが、

最近になり、無宗教というのはこれほどまでにご先祖様に関心がなく、

こういった方も多いということを知りました。

しかし、私達は誰しもご先祖様があってこそここに生きることができているのですから

とても残念なことです。

 

ですが、個人の自由ですので他人がとやかく言えることではありません。

できることは自分が変わらずご先祖様を大切にすると。

私はこれからもご先祖様に感謝をしていきたいと改めて確認する機会になりました。



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