子を思う親の気持ちに感謝。それが先祖供養の原点。

我が家には先祖代々の墓というものがありません。

それは、連れ子で入った家の継父と反りが合わず、

まだ少年期という時期に身一つで家を飛び出して、

そのまま一人で生きて来た父の生い立ちに関係している様ですが、

詳しい事情を私は聞いていません。

 

兎に角、そんな訳で私はお墓参りをした事がなく、

結婚して農家出身の妻の父親が亡くなってから、初めてちゃんとした墓参りを経験しました。

 

私の父はそんな具合なので、若い頃には先祖供養などにはほとんど関心がありませんでしたが、

やはり自分が年老いて御先祖様に近づくに連れ、死後の身の処し方を考えるようになり、

ある日、私達兄弟三人が実家で揃った時に、

「俺は死んだら一心寺に入ることにしたから。」と宣言しました。

 

坂松山高岳院一心寺は、大阪市天王寺にある浄土宗の御寺です。

 

ところでお施餓鬼(せがき)という法要があります。

これは生前の悪行などにより餓鬼道に落ちた霊を食べ物で供養し、

その功徳が回向(えこう)されて我の御先祖様の供養にもなるという法要で、

特に多くがお盆に催されます。

 

一心寺は、この施餓鬼法要を年中無休一年を通じて催す事で知られていますが、

一方で「お骨佛(おこつぼとけ)」でも有名です。

 

一心寺の特徴は宗教宗派に拘らず全ての方の御遺骨を納骨できる事です。

それこそキリスト教の人でも構いません。

納骨された沢山の方の御遺骨を練り込んだ材料で、阿弥陀如来像が造られます。

これがお骨佛です。

 

お骨佛は十年分の御遺骨で一体となっており、

現在七体のお骨佛が納骨堂に居られ、造立された年代が明記されていますので、

遺族は身内の遺骨が練り込まれた阿弥陀仏をお参りする事がお墓参りとなるのです。

 

一心寺での納骨や供養は、墓石、墓地購入の必要がないので安上がりです。

その後の管理の手間もかかりません。

納骨料やお施餓鬼にかかる冥加料も負担できる範囲で選ぶ事ができて安心です。

一昔前には、お金のない人の駆け込み寺として、評判だった位です。

 

一心寺を選ぶ理由には、この様に費用が最小限で済むという金銭的理由もありますが、

婚家の墓に入りたくない女性や、宗教には関心はないが気持ちの上での対象が欲しい人など様々で、

核家族化や宗教と死への意識などが多様化する現代に、

上手くマッチした先祖供養ができる御寺です。

 

両親が永眠の場所として一心寺を選んだのは、

私達子供に墓守の負担をさせたくない事が最大の理由でした。

 

「死んだ後までお前達に迷惑を掛けたくない」と父は言いました。

残った子供の事を一番に考えてくれる両親に感謝感謝です。

この感謝こそが先祖供養の原点なのだと思います。

そして私も自分の息子達に、一心寺に入る事を宣言しています。



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