先祖供養が気になるので、墓じまいをしました。

私は先祖供養という言葉に、かつてはそれほど関心を持っていませんでした。

しかしながら、自分のルーツというものを思うとき、

先祖に対する感謝の念を持つというのは、ステキなことなのだと思うようになりました。

 

しかしながら、現実はというと、先祖の墓がかなり自宅から遠いところにあり、

また自分自身がペーパードライバーであったため、

めったに墓まいりに行くことができませんでした。

 

墓の台座にはヒビが入っており、

また、お花を捧げる人もいないまま長期間放置されていることが心のどこかで気になっていました。

無意識にネガティブな感情を抱えるというのは、あまり精神衛生上良くないことです。

 

また、私は特定の先祖崇拝的信仰を持っている訳ではないのですが、

それでも、さまざまな占いの本や、自己啓発系の本には、

先祖供養の大切さが書いてあり、気にはなっていました。

 

また、身内が霊障のような精神的症状に悩まされていたということも重なり、

お墓についてきちんとするのが自分の精神衛生上良いように感じました。

 

そんな折、墓じまいという方法があることを知りました。

今あるお墓は片付けてしまい、お骨を取り出すというやり方です。

そのあと、お骨は地元の宗教施設の共同墓地で引き取って、

お坊さんがきちんと管理をしてくれるという話でした。

また、仏壇も、管理が難しい大型のものから、

小さいサイズのものにすることができるとのことでした。

 

仏壇の中身も、お坊さんに引き取ってもらうことになり、それは安心だと思いました。

しかしながら、そういったシンプルな形で先祖供養をしていくということについて、

反発の声も親戚から起こりました。

人によっては、墓や立派な仏壇というものが、

故人や家族への敬意を表すものであると感じる人もいるからです。

 

その点につき、私の家庭では、実際問題、深く話し合うことができないまま

墓じまいの手続きが進んでしまったことが、悔やまれることです。

 

全ての親戚が納得する方法というのは、とるのが難しいものです。

しかしながら、できる限り理解し合いながら、

最適な先祖供養の形を模索していくべきであったのではないかと思います。

 

墓じまいの手続き自体は無事に終わったのですが、

それについて、それぞれの身内の中で釈然としないものが残ってしまったところもあります。

その点については、日々のご先祖様への祈りの中で、

それぞれができることを精一杯していがなくてはならないのだと考えさせられました。

大切なのは、どのようにご先祖様に向き合って暮らしていくかということだと感じています。



先祖供養 関連記事


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL