お墓は残された家族のためのもの

自分にもしものことがあった時に備え、

残された家族が困らないようにと、終活を意識し始めた私。

まず最初に考えたのが、お墓の問題でした。

 

少子化の時代に、いかに先祖を供養するか、

またお墓を代々守っていくかという事が話題になっている今日この頃。

 

もともと海が好きな私は、大好きな海に散骨してもらえたらそれで十分と漠然と考えていました。

しかしその後、色々な情報を収集する中で、

様々なお墓の形、供養の方法があることを知りました。

 

実際にお墓の見学にも足を運ぶようになり、その時にあるお墓に目が止まりました。

そのお墓の墓石には、「よく来てくれたね。ちょっと休んで行きなさい。」と彫られてあり、

その文字の横にはおにぎりとお茶が描かれていました。

 

私がじっとそのお墓を見ていると、案内してくれていた墓苑の担当者の方が、

次のような話をしてくれたのです。

 

今はお墓の管理が大変だからとお墓は必要ないと言う人も増えているけれど、

果たしてそうなんでしょうかと…

自分達は長い人生の中で、気持ちや身体が疲れてしまい、

どうしようもなくたった時に、自分の亡き親や祖父母などのことを思い出しては、

お墓に足を運びそこで、先祖と向き合うことで、

気持ちが救われたり癒やされることもあるのではないでしょうか?

 

お墓は自分のためではなく、残された家族のためでもあると思います。

このお墓を作った人も亡くなる前にきっと

自分の中で色々な思いを寄せてこのお墓を作ったのでしょう。

実際によく家族の方がお墓参りに見えては長い時間話して行かれますよと…

 

その時に、今まで考えていた自分のお墓に対する思いか、大きく変化したように感じました。

振り返ってみれば私自身、自分の人生の中で、

辛い時、悲しい時、誰かに助けをもらいたい時に、よくお墓に行き、

亡き父や祖父母と向き合うことを思い出しました。

 

そう考えた時、お墓参りに行くお墓がない家族は、

どのように、先祖供養をしていくのだろうか、

また亡くなった人と、どのように向き合うのでしょうか。

 

何でも残された家族に迷惑をかけないようにと、そのことばかりを考えていた私でしたか、

もう少し違う形で生きている人と、先祖をつなぐ方法もきっとあるのではないだろうかと、

考え直し始めています。

 

自分の終活を考えた時に、全て自分の考えだけで進めるのではなく、

家族にも自分の思いや移行を伝えながら、話し合う機会を持つ事が大切なことであると思います。

まわりも、私の考えを知ることで安心感が得ることができるでしょう。



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