数年前に嫁いだ農家で義母に、
「もしも火事が起きたときは、仏壇の位牌を持って逃げろ」と言われました。
火の中に嫁が突っ込んだ時点で、終わりだと思いませんか?
いくつか疑問を持ちながらの同居生活はうまくいくはずはなく、
今は期間限定で離れています。
が、ひとつやり続けているは、お墓の草取りと仏壇掃除です。
正直、旦那にとっては祖父、祖母ですが、わたしには面識はありません。
最初は一生懸命やりました。
でも、当たり前で片づけられてきました。
古いお家で、お墓が二か所あります。
畑のど真ん中と、墓地にあります。
この草取りがいつも涙です。
今年は、お盆と命日以外も、まめに取るようにしています。
でも、供養の気持ちで接しているかは、自分ではわからないのです。
今は、お墓に入るのが亡くなられた方の行く道ですが、
私は、自分の知らない方々へ気持ちを込めて供養できていないのです。
それは、義理の両親への不信感もあるからなんです。
わたしは、長男の嫁、子供もいないため家政婦のような扱いです。
嫌なら出ていけばいいのですが、暑い日でもお墓掃除のあとは、見上げる空がとてもきれいなんですね。
自己満足かもしれませんが、きれいにしていれば、お墓参りをしたい方もいつでも、
足を運びやすいなあとか、仏壇もきれいにすれば、心も落ち着きます。
誰のためとか、義理の両親が好きじゃないとかは関係なく、
今できる勤めを行うことで、気持ちは落ち着きます。
お墓掃除にいくと、草が伸び放題だったり、荒れていたり、
昨日だれか来たのかなというようなお墓もあります。
現世を生きる私たちが、ご先祖様へ手を合わせるときは、
無心で拝めたらいいのかなと最近は感じています。
そして、今生きている私たちが元気でいないと、供養もできませんし、
形にこだわることなく、ある程度のルールはあると思いますが、
それぞれができる供養をするといいのでしょう。
お墓まで遠いという方は、空に向かった心をこめて拝むだけでも、
その心はきっと届くと思いますし、命日でなくても、
自分の時間のあるときに、お墓へ足を運ぶこともよいでしょう。
お墓にいくときは、お花とお線香と、ご先祖様の好物を準備していくといいでしょう。
そんな思いが、一番大切なんですね。
わたしは、今後、心に疑問をいだきながら、お墓掃除だけを続けていけるかわからないです。
しかし、夏は、ご先祖様の命日とお盆があるので、草取りをがんばります。
そんな時間が、いつか迷いを晴らしくれたならと願いを込めて。