最近になって少しずつわかってきた先祖供養の大切さ

私は、最近になってから親にやり方を教わりながら先祖に対して、

手を合わせたり線香を出したり命日や月命日にはお供え物を自分の考えでし始めた。

今までは親に任せっぱなしだったので、反省した。

 

子供の頃には、ただ親が寺に行っているからついていくだけだったが、

最近はその先祖供養の大切さが分かってきて、親についていく形もするときもあれば、

自主的にお墓参りに行くこともするようになった。

そうしているうちに親について行かなくても、供養のやり方が分かってきた。

 

「そういう行動をすることが大人になったなぁ。」というわけでなく、

「ご先祖あっての自分と考えられるようになった。」

このことが「大人になったなぁ。」と思えるようになった。

大人というのはどのような方を言うのかは分からないのですが、常識的なことができるようになったかなぁと思えた。

 

あと、「いろんな事に感謝できる人間になったなぁ。」とお寺に行くうちに思い始めた。

小さいころは、車で親と一緒にお寺に行って、広いお寺の敷地内で遊んでいたりしていて、

そのような自分に親は怒りもせずにいた。

大人になって、別の日に家で食事をしている時に、

「何で自分が小さい頃、お寺で遊んでいたときに注意しなかったの。」と質問で聞いたら、

「大人(経験を積んだら)になったらわかるよ。」と話してくれた。

 

つい最近、自分が子供時代と同じようなことが起きた。

甥っ子などとお寺にお墓参りをした時に、甥っ子も同じように遊んでいた。

お寺の住職は笑顔で見守っているだけで、その後、先祖に対してお経をあげてくださった。

住職の話で、「命というものは、同じ流れで進んでいくものです。

もしかしたら、同じような事を過去にしているのかもしれないので、

本当に悪い事は大人の人が注意していけばいいと思いますよ。」

と話してくれた。勉強になった。

いつもお寺では、人間学ではないが、勉強になる。

 

自分は、フィットネスクラブなどの身体作りの仕事をしていて、専門学校では、スポーツ心理学なども勉強した。

その勉強した経験もあったので、「住職の話はすごいなぁ。」といつも感じる。

しかも毎回、毎回内容の違う話をして下さるので、「すごく勉強や経験、体験をされているのだなぁ。」と感じた。

このような事もあり、「そのように生きてられるのもご先祖から今まで繋がっているのだなぁ。」と思った。

 

それから自分は、いつも命日や月命日にお寺に行ってお墓参りに

「ありがとうございます。」という気持ちでお寺に行きお墓参りをするようになった。

そのお寺でけでなく、最近は本殿のお寺まで行くようになった。

その本殿のお寺はとても大きく初めて訪れた時はビックリした。

そこでも、手を合わせて合掌し感謝の気持ちを忘れずにご先祖の供養をした。

ご家庭で先祖供養を

私は現在40代ですが、現在同年代の方でも自宅にお仏壇を置いている人は本当にまれになりました。

私の世代は幼いころは祖父や祖母と同居している家族が多く、遊びに行けばどの家にもその当時はお仏壇があったように思います。

またお盆、お彼岸と言うと我が家にもお坊さんがいらっしゃってお仏壇を拝んでくれました。

そんな風景はその当時はある意味当たり前のように感じていましたが今の時代は違ってきているようです。

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