仏壇などに手を合わせるということ。

自分のルーツを知るうえで、一番信頼できるのは先祖です。

家に仏壇があり、小さなころから手を合わせて、

祖母や両親から「ご先祖様に手を合わせるように」と言われて育ってきましたが、

なぜ手を合わせるのかを疑問に思わずにいました。

仏壇でもお墓でも手を合わせていましたが、

そこで眠っている人たちは「ご先祖様」と呼ばれる知らない人たちです。

そのため、自分とつながっているという実感も全くなかったのですが、

それは身近な親族の死、祖母の死で一転します。

 

つい最近まで笑って会話して、歩いて座って、手をつないで、

幼いころにはおんぶしたり抱っこしてくれていた祖母の死は、

人生で初めて「無」という言葉を感じた瞬間でした。

納棺された祖母の肉体はあるのに魂はないという感じを初めて知りました。

そして火葬されると「人」は、骨という「モノ」となる感じも味わいました。

 

2日前まで呼吸をし、確かに自分の目の前に存在していた祖母が、「モノ」となったとき、

今までの祖母という存在が、自分の心や頭に残る・・・というより、「焼き付けられた」感じでした。

そう感じている間も、葬儀のあとの儀式は、次々と進められ、「モノ」は納骨され、

魂はお位牌にうつされ仏壇に入ります。

私という存在のルーツが仏壇やお墓に入るのです。

そうなると、「命をつないでくれてありがとう」と言いたくなる瞬間です。

 

祖母がいるから、父がいて、母がいて、私がいるのです。

仏壇やお墓には、祖母の夫(祖父)やその両親が、またその上の両親がいるのです。

仏壇やお墓には、自分のルーツとなる存在が眠っています。

お墓には「モノ」、仏壇には「魂」がありますので、

自分に命をつないでくれた人たちの「モノ」と「魂」をつなぐために、

今、生きている、この世に存在する私たちが、お墓や仏壇に手を合わせて、つないでいるように思います。

 

もちろん、ご先祖様の「モノ」と「魂」をつなぐときには、ただ手を合わせるのではなく、

命への感謝、自分自身をこの世に産んでくれた感謝も合わせて行うことも大切です。

でも、仕事や学校、お墓が遠くにあるなどの理由でお墓に出向けなくなっていることも事実です。

私も仏壇は家にありますが、毎日手を合わすことを忘れることもあります。

でも、手を合わせることが重要なのではなく、自分の命のルーツであるご先祖様や

自分を産んでくれた親に感謝する気持ちを持ち続けることが重要なのです。

身近な人の死というものは、人生や死生観だけでなく、身を以て、様々なことを教えてくれたので、

そのことにも私は感謝したいです。

ご家庭で先祖供養を

私は現在40代ですが、現在同年代の方でも自宅にお仏壇を置いている人は本当にまれになりました。

私の世代は幼いころは祖父や祖母と同居している家族が多く、遊びに行けばどの家にもその当時はお仏壇があったように思います。

またお盆、お彼岸と言うと我が家にもお坊さんがいらっしゃってお仏壇を拝んでくれました。

そんな風景はその当時はある意味当たり前のように感じていましたが今の時代は違ってきているようです。

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