やっぱりお金次第? 戒名と仏教のあり方について・・・素朴な疑問

父が亡くなって早6年、実母にいたっては30年経過しております。

祖父の時代に作った本家のお墓の移転や、

父が亡くなった事を契機に分家して新たにお墓を作りました。

 

父も母も無宗教に近く、古くからの慣習により形式的には仏教となっているだけでしたので、

父の意向に従い、特定の宗教関係が管理する墓地ではない公共墓地へ埋葬しました。

本来墓石に掘り込む戒名についても、生前父が嫌っていたため戒名はつけず、

名前だけ掘り込んだ墓石となっています。

 

戦後生まれの日本人の場合、ふだんは宗教とまったく関係のない生活をしている人が大多数です。

形式的に仏教のする家だったから、葬儀に関しても

仏教の形式を取り入れているだけという方が多いかと思います。

特に故人が特定の宗教にこだわりがないのなら、

簡素で合理的な先祖供養のあり方で十分ではないかと思います。

 

生前父は葬儀にかかる金銭しだいで、

葬儀の内容がちがうお寺の商業ベースなやり方に疑問を感じている人でした。

人間は生前どのような仕事に就業していようが、どんな行いをしようが、亡くなってしまえばみな同じなのに、

富裕で葬儀に費用をたくさんかけられる人だけが、

特別にあしらえた火葬場で荼毘にふされ

(私の住んでいる地域の火葬場ではついこないだまで諸費用によって焼却設備がちがいました)、

高額な費用を払わなくては命名できない戒名をもらい、広くて立派な墓に祭られる・・・

慣習とはいえ、墓参りをするだびにやりきれない思いと無念さを感じます。

 

現在まっとうに働いて、それなりの預貯金のある方はそれなりの墓地と葬儀ができますが、

近年の格差社会で亡くなっても葬儀も墓も建てられない方々が増加していると聞いてます。

葬儀代も墓の管理料も払えず、川や野原に遺棄してしまう事件もたくさんあります。

 

宗教とは本来人間が人間らしく幸福に生きられるように、教義を説くものですが、

いきすぎた商業・儲け主義の神社・仏閣については、

利用者やユーザーが勇気をもって、ソーシャルメディアに書き込みや、告発をすべきだと思っています。

 

伝統だから、古くからの慣習だからと、だまっていては変わるものも変わりません。

日本人は無用な争い事は避ける傾向がありますが、

無言と無関心は、邪気をはびこらせる原因になるものです。

 

先祖供養は、供養する人の気持ちと行動がとても大事なのです。

金銭的な事や宗教とはまったく関係なく、率直に故人を思い出し、

今生存している事に対して感謝する気持ちが大切なのです。

葬儀や墓に関して必要以上にかかる金銭について、今一度考えて見ましょう。

ご家庭で先祖供養を

私は現在40代ですが、現在同年代の方でも自宅にお仏壇を置いている人は本当にまれになりました。

私の世代は幼いころは祖父や祖母と同居している家族が多く、遊びに行けばどの家にもその当時はお仏壇があったように思います。

またお盆、お彼岸と言うと我が家にもお坊さんがいらっしゃってお仏壇を拝んでくれました。

そんな風景はその当時はある意味当たり前のように感じていましたが今の時代は違ってきているようです。

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