身近になって初めて知った先祖供養の意味

祖父母と同居していた私にとって、小さな時からお仏壇が家にある生活は日常でした。

祖母が毎日お仏壇(ホトケさんと呼んでいた)に手を合わせて、

炊けた白米とお水を交換して、お線香をあげる光景を見ない日はなく、

祖母がその用意をしている時に近くでいると

「ホトケさんのご飯さげてきてー」「ホトケさんにごはんあげてきてー」と頼まれる日もありました。

 

法事や盆暮れのお仏壇の飾りや行事ごと、毎月来るお寺さんのお経。

小さい時から「お仏壇に手を合わせる」は当たり前のことで、

自然にお墓やお仏壇の前では手を合わせ目をつむっていました。

 

しかし、それは日常だっただけ…心を込めてないわけではなかったのですが、

祖父母や両親の姿を見て言葉は悪いけれど刷り込まれていただけだったのだと、

18歳で気づきました。

 

私が18歳の時に祖母の死去で、

同居している身近な家族がお仏壇やお墓に入る側の立場に初めてなった時に、

先祖供養の本当の意味を知りました。

通夜葬儀から始まり、仏教の七日参りをし、四十九日間、

仏間の仏壇の前で両親が寝て線香を灯し続け、毎日お経をあげました。

今まで先祖の戒名なんて意識した事すらなかったのに、毎日唱える事で記憶までしました。

祖母の新しい名と思うとすっと覚えられ、そして戒名を唱える事で

祖母があの世で幸せに暮らしてくれると思えたのです。

 

お参りする時も今までは頭に何を浮かべていたか覚えてもいないくらい漠然と手を合わせていたのが、

心の中で「いつもありがとう。○○があったよ」とか

「いつもありがとう。元気に生まれる様に見守ってね」「産まれたよ」などと、

ありがとうの気持ちが自然に出て、今の自分の現状を報告するようになっています。

 

私の子どもたちも、赤ちゃんの時からその姿を見て1歳になる前から、

手を合わす事を自然に覚えていましたが、

今でも誕生日などにはお参りさせ「ありがとう。○○です。○歳になりました。」と報告させています。

お仏壇に話しかける事で、心が落ち着き、自分の心が整理できます。

そして、不思議な事にその時の自分の心の状態で、

遺影の写真が笑顔にも泣き顔にも怒り顔にも見えてしまいます。

 

今は実家では住んでいないので、毎日お仏壇に参ることは出来ませんが、

自宅にも後に亡くなった祖父の物、祖母の物、遺影と同じ写真を持っています。

亡くなった先祖はお仏壇やお墓の中にはずっといないのかもしれません。

今この瞬間も真横で見ているのかも知れませんし、

あの世での生活をエンジョイして、私の事なんていつも気にかけていられないよ!かも知れません…

それでも、お仏壇やお墓の前で手を合わせて話しかける、

それで私は先祖が身近にいてくれると心強く思えて、心を整理出来るのです。

 

先祖は自分がこの世に産まれてきて今を生きている事のルーツ。

感謝の心を忘れないようにきちんとした手入れを続けていきたいと思っています。

ご家庭で先祖供養を

私は現在40代ですが、現在同年代の方でも自宅にお仏壇を置いている人は本当にまれになりました。

私の世代は幼いころは祖父や祖母と同居している家族が多く、遊びに行けばどの家にもその当時はお仏壇があったように思います。

またお盆、お彼岸と言うと我が家にもお坊さんがいらっしゃってお仏壇を拝んでくれました。

そんな風景はその当時はある意味当たり前のように感じていましたが今の時代は違ってきているようです。

続きを読む




先祖供養 関連記事


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL