戒名は見栄を張る見せ物ではないですよね。

昨年、父の13回忌を終えました。6人兄弟の長男でした。

60代だった父の死はもちろん早すぎましたし、ショックでしたがなんとか、

バタバタと葬儀も過ぎ今は落ち着いて思い出話ができるようになりました。

 

昨年の秋のお彼岸で気がついたことがあります。

塔婆に記された父の戒名が違います。

っと行っても【居士】が【信士】に。

お仏壇の位牌と比べましたがやはり違い….母に訪ねました。

 

すると、一番下の戒名をお願いして白木のお位牌が出来てきたところへ

父の弟、妹たちが【兄さんが可哀想だ。みっともない】と、言ったというのです。

また、皆さんが働き盛りで裕福なご家庭の方達でしたから、

ショックでフラフラな母は考えることすら出来ずそのままお任せになってしまったようです。

 

冷静にり初めて考えるのはお寺様とのお付き合い。

年金暮らしの母は、日々の生活や友人とのお付き合い、慎ましくてもやはり出費は避けられません。

もうそろそろ親戚がお彼岸や、お盆に来てくださった時、

お線香をあげに来てくださった時にお位牌は見無くなってきたのを確認したので。

お寺様にお願いをして、戒名を【居士】から【信士】に変えていただいたとのこと。

 

住職に相談したら、お位牌は勿体ないから【そのままでいいんじゃないですか?】と、言ってくださったそうです。

戒名の位がひとつ違うだけでお布施や、年忌法要のお値段が違うそうで….。

田舎なのでそんなには変わらないとは思いますが、お墓の管理やお付き合いも年を重ねてくると大変ですよね。

住職様の寛大なご配慮で、父の戒名は、下げていただき、お位牌はそのまま、墓碑もそのままになっています。

 

見た目の判断はある意味、お財布をのぞき込むようなものなのかなとも感じます。

本当は、故人の思い出話や日々、生前のように語らい会える事が何よりの供養と思います。

そして時代とともにそれが少なくなっていく….。

お金をかけたから天国ではないと信じたいです。

行ったことがないのでわかりませんが….。

 

生きた証として残されるのであればランクなんていらないのになと感じます。

残された家族が、お彼岸とお盆の度に故人の事より【お寺様のお金】に心が向いてしますのは、

故人はさみしいでしょうね。

 

戒名は生きている残された人への見栄を張るものではなく、あの世へ行っての【名前】。

意味があるのでしょうが位の高い戒名を頂いても

お線香を灯していただくことの出来ない方もいらっしゃいますよね。

お互いがどちらが幸せを感じられるのか、人それぞれです。

ご家庭で先祖供養を

私は現在40代ですが、現在同年代の方でも自宅にお仏壇を置いている人は本当にまれになりました。

私の世代は幼いころは祖父や祖母と同居している家族が多く、遊びに行けばどの家にもその当時はお仏壇があったように思います。

またお盆、お彼岸と言うと我が家にもお坊さんがいらっしゃってお仏壇を拝んでくれました。

そんな風景はその当時はある意味当たり前のように感じていましたが今の時代は違ってきているようです。

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