家族の不幸の連続からの気づき

海外で生まれた息子の引越しを境に、家族全員が振り回されていました。

引越し先も海外。

息子は入学できる小学校がなかなか見つからずたらいまわしにされたり、

やっと入学した学校でも友達と問題を起こしたり、病気になったり、

学齢が高くなってからも事故、詐欺事件、様々な困難に巻き込まれていました。

 

ただただダメな息子なのかと思っても見たのですが、

努力しているときでも不幸な結果がついてまわり、

体に異常が出てくることもしばしばで何かおかしいと思い始めました。

 

ある前世を知ることができる人にであって息子のことを相談したら、

「とにかくご先祖様のなかに成仏していない方がいらっしゃるので、

是非お骨を土に返してさしあげてください。」と言われました。

 

ご先祖様といっても自分の祖父母のお墓は親戚の叔母などが管理していて、

私一存で何かできることではありません。

自分の父親にしても兄が墓を守っていて

なかなかその気持ちを伝えることもできませんでした。

 

仲が悪いわけではありませんが、その家々にはルールがあり、

普段込み入った話をできる感じではないので途方にくれました。

 

そんな時実母が首の手術をした後から、手足がだんだんと使えないようになって行きました。

私も心労が重なり思い切って叔父や従兄弟に思いを打ち明けることになりました。

結果はみな一様にびっくりしていましたが、私の気持ちや息子の状態に同情してくれて、

できる範囲のことはしてみようということになりました。

 

祖父母の墓には両親の兄弟のお骨もありました。

お墓を明けてわかったことですが、そこには戦前に生まれ栄養不良で亡くなっていった、

母の兄弟たちの嬰児のお骨も3つありました。

 

ただ実際は祖母が亡くなった子供を田舎のお墓の敷地に埋葬し(当時は土葬だった)、

都内にお墓を作るときに田舎の墓の土をもってきたそうです。

戦後に用意されたと思われる普段使いのお茶碗、食器にいれられたお骨を見ると

自然と涙がでてきました。

 

何十年ぶりに浴びる太陽の光。

そして兄弟や親たちのお骨の一部と一緒に墓の敷地内の土に直接埋めてもらって、

嬉しそうでした。(私の感覚ではありますが)

 

お坊さんに来ていただいてお経をあげていただき、お供えをあげ

みなで故人のことを偲びました。

石屋さんもお坊さんも「分骨をしたり、こうして土に返したいと言う方は少なくないんですよ。

みなご先祖様が何かしらのメッセージを伝えたいがために、私たちに問いかけているのだと思いますよ。」

とおっしゃっていました。

 

その後息子は大学に入りなおしました。

実母はというと奇跡が起きたとしか思えない状況がおきました。

寝たきりで手もほとんど動かせなかった母が、日に日にできることが増えて自分でつかまり立ちや、

ゆっくりと食事も一人でできるようになりました。

 

今この記事を書きながら思いつきましたが、

栄養失調でなくなっていった母の弟たちが母の体にやどり、

一つ一つできるようにしていってくれたかのようでした。

 

きっかけは息子の災いを何とかしたくてとった行動ではありましたが、

ご先祖様に心を馳せるという行動がとても素直に心を落ち着かせることができるのだと感じました。

ご家庭で先祖供養を

私は現在40代ですが、現在同年代の方でも自宅にお仏壇を置いている人は本当にまれになりました。

私の世代は幼いころは祖父や祖母と同居している家族が多く、遊びに行けばどの家にもその当時はお仏壇があったように思います。

またお盆、お彼岸と言うと我が家にもお坊さんがいらっしゃってお仏壇を拝んでくれました。

そんな風景はその当時はある意味当たり前のように感じていましたが今の時代は違ってきているようです。

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