先祖供養を行う理由

始めに・・私の父は20代の時に病気で他界致しました。

正直な所、父が他界するまでは先祖供養は勿論の事、親戚の葬式もなく

手を合わせる習慣が皆無に近い程でした。

 

そして、周りからは、父はもう先祖になったのだから

ちゃんと手を合わせなさい、お参りはきちんとしなさいと

色々とアドバイスをもらっても、しっくりこず、

どうせ皆、他人事だから好き勝手に言うんでしょと、

話を右から左に流している状態がしばらく続いて、

淡々と仏事の行事をこなしていました。

 

住職さんからの、「見ているから安心しなさい」という

説法も耳に入りませんでした(多分信じていなくて半信半疑でした)。

 

私が先祖供養に関心を持ったのは、知人にお寺の住職の方がいて、

施餓鬼の説法を聞く事があってからです。

 

私は施餓鬼の法がない宗派なので、始めは正直、これは間違いでしょ、

阿弥陀様の極楽浄土で穏やかに暮らしているのではないの?

とハテナマークばかりでしたが実際に話を聞いてみると、

亡くなった方は、魂の修行の為に、亡くなってからも、

徳の修行をしているので、生きている私たちがくよくよしていたり、

仏壇に花や供物がない、お墓に花が無いだけではなく、御参りに来ないと悲しんで、

今生に区切りをつけて先祖として私たちを守る修行ができないから、

先祖様には感謝と守ってもらう為にも修行ができるように、

手を合わせたり顔をみせにいきなさいと言う言葉を聞いて私の先祖供養をする・・・

いえ、先祖供養をさせて頂く理由が見つかった気がしました。

 

それ以来、仏壇にお花と供物

(父はお酒が好きだったので、月命日には焼酎やビールを置いています)

を欠かさず置いているのと、お墓ではなく納骨堂なのですが、

お参りの時には、お父さん来たよ~から始まり、

いつもありがとうや最近の近況なども言うようにしているのと、

口癖だった、「お父さん何で死んだの・・」は封印しました。

 

亡くなってからも、魂の向上の為に、修行しているという話を聞いて、

安らかになんて眠ってもらっては子孫の私たちも困るじゃないか!

という気持ちになり、父だけではなく、祖父母や、もっと先代の先祖様にも

気持ちよく!?修行していただけるように、

暮らしをさせてくださってありがとうございますという気持ちで日々、手を合わせております。

 

綺麗事じゃない事を言うと、もしかしたら、先祖供養をしているのは、

誰のためでもなく今、生きている自分の幸せの為に、させてもらっているのかもしれません。

ご家庭で先祖供養を

私は現在40代ですが、現在同年代の方でも自宅にお仏壇を置いている人は本当にまれになりました。

私の世代は幼いころは祖父や祖母と同居している家族が多く、遊びに行けばどの家にもその当時はお仏壇があったように思います。

またお盆、お彼岸と言うと我が家にもお坊さんがいらっしゃってお仏壇を拝んでくれました。

そんな風景はその当時はある意味当たり前のように感じていましたが今の時代は違ってきているようです。

続きを読む




先祖供養 関連記事


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL