会ったこともなく顔も知らないご先祖様の供養と気持ちの変化

私の両親は共に早くに父親を亡くしていたため、私には祖父と過ごした経験がありません。

母方の祖父に関しては、母から写真を見せてもらいながら

折りに触れて存命中の様々な話を聞くことも多かったので、

私なりの祖父像というものができていたためか、子どものころから何となく親しみを感じていました。

 

しかし父方の祖父は写真がまったく残っていません。

早くに父を亡くして大変な苦労をしてきた私の父は、

当時のことを思い出すのも辛いのか何の話もしてくれませんでした。

ですから私が知っているのは祖父の名前と、享年、それと死因くらいです。

祖父が早くに亡くなったために苦労してきたと考えていた父は、

供養やお墓参りもあまり熱心とは言い難いものでした。

 

それでも私の母がご先祖様の供養やお墓参りを大切にしていたため、

私も自然に母と同じように供養やお墓参りを大切に思うことができました。

そうして私が会ったことのないご先祖様にも親しみの気持ちを持って大切に思えるようになると、

自然とお仏壇の前で手を合わせる時間も長くなりますし、

お墓参りに行ってもこれまで以上にお祈りにも掃除にも力が入ります。

 

そうするとそんな私の姿を見た父も、不器用ながらも

以前より供養やお墓参りへの気持ちが変わってきたように感じます。

お墓参りに行く前日に一人でお墓に行って草むしりをしておいてくれたり、

翌日の掃除が楽になるように色々と動いてくれていたのです。

家族皆で行くときにはそっけない振りをしていても、

もしかしたら一人で草むしりしている間に色々と話しかけているのかもしれません。

あまりそういう感情を表に出さない父なりの精一杯の供養ではないかと思います。

この父の姿こそが、早くに子どもを置いて死ななければならなかった祖父が

一番喜び、安心してくれるものではないでしょうか。

 

早くに父親を亡くして苦労してきた祖母や父も大変だったと思いますが、

亡くなった祖父もどれほど無念だったことだろうと思います。

こうして私の父のように次第に理解の気持ちを深めていったことも、

私はご先祖様への供養の一つだと思っています。

 

こうして、たとえ会ったこともなく顔も知らないご先祖様でも、

毎日手を合わせて心を寄せているとだんだん心強い存在になってきました。

ですから亡くなるまでずっと同居していた祖母に対しては、さらに心強さを感じています。

 

今一番私の胸の内を知っているのが、この祖母だと思います。

不思議なもので、遺影の祖母の表情が毎日違って見えます。

それはきっと私の気の持ちようからそう見えるのだと思いますが、

叱咤激励すべての表情を今まで見てきました。

こうして心がつながっていること、これこそが私にとって一番大切な供養だと思っています。

ご家庭で先祖供養を

私は現在40代ですが、現在同年代の方でも自宅にお仏壇を置いている人は本当にまれになりました。

私の世代は幼いころは祖父や祖母と同居している家族が多く、遊びに行けばどの家にもその当時はお仏壇があったように思います。

またお盆、お彼岸と言うと我が家にもお坊さんがいらっしゃってお仏壇を拝んでくれました。

そんな風景はその当時はある意味当たり前のように感じていましたが今の時代は違ってきているようです。

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