亡くなった人の為に相応しい生活を送る

「これからの最大の供養は、亡くなった個人の為に相応しい生き方を送って下さい」というのが、

葬儀の最後に来たお坊さんが御経を読み上げた直後の講話の席で話した言葉です。

 

そこには喪主の母を始め子供達や孫達や、

遠く北海道から駆け付けて来た叔父や叔母や従兄達が一緒になって聞いていました。

 

これまでは葬儀やその後の生活について無頓着だった私にとって

目が覚める様な言葉に思えました。

葬儀が終わって何をしたら良いのか分からずにいた私は

「これなら出来そうだ」と思ったのです。

 

そんな時に母は生前に父から聞いた話を、時間の経過と共に少しずつ話してくれたのです。

最初に話してくれたのは仏壇の場所の事。

狭い家の中に仏壇を何処に置くのは直ぐに決められずにいました。

その時に母が「サイドボードの上に置いて欲しい」と言ったのです。

それは父が生きていた頃に話していた場所です。

迷っていた私達家族も妹も同じ思いで聞いていました。

ここしか置く場所がないと思っていた時に母が父の代わりになって話したのです。

 

そう決まると善は急げと思い、ある日、病院帰りの母と一緒になって仏壇屋さんに行って下見をしたのです。

そこには様々な仏壇が並んでいました。

値段も様々で、そうやって見ている内にサイドボードにも置いても良いような候補が幾つか見つかったのです。

それを頭の隅に置いて、日を改めて今度は夫婦で見に行ったのです。

四十九日前には母を喜ばせたいと思っていたからです。

こうして選んだのがわが家の仏壇です。

邪魔にならずサイドボードの色にも合い誰でも手を合わせられる場所に置いました。

 

お坊さんが講話の席で「相応しい生き方」を初めて実践したのです。

以来、母も亡き父が生前に話してくれた言葉を他にも話してくれたのです。

 

骨壺を入れる場所も未解決な問題の1つです。

生前に父にも言った事の1つです。

家族の話し合いの中で決めたのが、そこは家から近くて

母が日頃から通える場所に納骨壇をこれからの為に選んだのです。

 

そこは宗派が違っても大丈夫な場所です。

また会社員だった父が職場に通っていた県道沿いに施設が有ったのです。

直ぐ近くにある展望所からは市内一遠が出来る場所で、

そこからは通っていた会社も見えます。

 

そうした準備をした後に四十九日を迎える事が出来たのです。

夏の陽射しがまだ残る蒸し暑い時期でしたが、

北海道に住む従兄夫婦もワザワザ駆けつけてくれました。

 

こうして仏壇のある生活が始まったのです。

まだまだ慣れていませんが月命日には必ず母と一緒に納骨壇に行って

手を合わせる様に生活を見直しています。

その前には必ずスーパーに寄って父が好物を買ってから向かっています。

その日は母がもの凄く喜んでくれます。

 

今年の盛夏には一周忌の法要も計画をしています。「相応しい生活を送る」為に、

この言葉を大切にして生活の中で実践したいと思っています。

ご家庭で先祖供養を

私は現在40代ですが、現在同年代の方でも自宅にお仏壇を置いている人は本当にまれになりました。

私の世代は幼いころは祖父や祖母と同居している家族が多く、遊びに行けばどの家にもその当時はお仏壇があったように思います。

またお盆、お彼岸と言うと我が家にもお坊さんがいらっしゃってお仏壇を拝んでくれました。

そんな風景はその当時はある意味当たり前のように感じていましたが今の時代は違ってきているようです。

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