「ご先祖様に護られている」という体験について

少し変わった話ですが、少し前から私は時々亡くなった方からアドバイスをいただくようになりました。

これというきっかけをはっきり特定することはできないのですが、

一時期、自身の子育てや病気に死を意識するほど悩んだ頃があり、

亡くなった身内をはじめ先祖に心配をかけた結果なのでしょうか。

 

亡くなった方の姿は見えないのですが、頭の中に語りかけて来るような形で声が届くのです。

そのアドバイスに従ったおかげで今まで数々の危機を脱出することができ、心が救われました。

 

例えば、夫婦の危機を迎え、子供を連れて実家に帰った時には、

観光地に行って気持ちを和ませるように会ったこともない義祖父がアドバイスをくれました。

子供の成長について思い悩んだ時に偶然間違えて乗った電車が、

亡き義祖母の眠る永代供養のお寺の最寄り駅に向かい、立ち寄って手を合わせることで、

この先心配ないから大丈夫、と言ってもらったこともあります。

 

健康診断で疾患が見つかり、要手術の宣告を受けた時には、

手術をやめるように亡き義母からアドバイスをもらい思い止まりました。

理由は病院に通い続けることで病状を意識するあまり悪い方向に向かうから、ということでしたが、

結果、次の検査では異常がないことがわかり自身は今も健康な状態が続いています。

 

このように、その時々でメッセージを発信してくれる人が違い、受け取る内容も様々なのですが、

必要以上にしきたりや体裁にこだわらず、心安く生きていくことの大切さを説いてくれていて、

この部分はどの人の言葉にも共通するものです。

 

時には戒めを受けることもありますが、その言葉はその人の価値観に基づいた愛あるものであり、

冷静に考えなおして適切な行動をとれることも多々あります。

また、ご先祖様方には私にメッセージを送ることで、私以外の自分の大切に思う人と適切に関わらせ、

他の人々の心を幸せにして欲しいという思いもあるようです。

 

私には、たまたまご先祖様の声が聞こえるようになったわけですが、

最近思うことは、きっとどの人にも同じように見守ってくれる存在がいて、

みんな同じことを伝えたいのではないかということです。

そして、折に触れ亡くなった人に想いを寄せることはお互いの気持ちを温かく通わせられらことに繋がり、

姿形が見えなくてもより絆を強く保つものなのだと感じています。

 

それは、例えば遠い土地のお墓参りに行く、仏壇に毎朝必ず手を合わせる、

など特別に気合いを入れることでなくても、

日々見守られていることにそっと感謝することで十分なように思っています。

受け取り方は人それぞれですが、自分の普段の選択も、ご先祖様の声が届くことによって

無意識に左右されることもあるのではないかと考えると、

日常生活もよりユニークで面白味のあるものになり、殺伐とした気持ちや焦燥感が和らぎます。

 

また、全ては繋がっていて、決して自分の意志を固くすることだけが人生ではないということを感じられると、

傲慢な気持ちが薄れて楽になれます。

興味を持てた方には、この考え方を人生の一助として取り入れていただければと思います。

ご家庭で先祖供養を

私は現在40代ですが、現在同年代の方でも自宅にお仏壇を置いている人は本当にまれになりました。

私の世代は幼いころは祖父や祖母と同居している家族が多く、遊びに行けばどの家にもその当時はお仏壇があったように思います。

またお盆、お彼岸と言うと我が家にもお坊さんがいらっしゃってお仏壇を拝んでくれました。

そんな風景はその当時はある意味当たり前のように感じていましたが今の時代は違ってきているようです。

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