最後に頼るのはお仏壇

人間、本当に困った時、他の人はどうするのでしょうか?

私は子供の頃から本当に困った事があったら仏壇の前に正座して必死に拝んでいました。

 

私の父親は長男なので実家には産まれた時から大きな仏壇がありました。

小さい頃は仏壇の意味がよく分からず、おもちゃの小さい人形の家にしてこっそり遊んだりもしていましたが、

定期的にお坊さんがお経を読みに来てくれたり、毎日母親が仏壇のお世話をしているのを見て育ったので、

何となく大切な物であり、身近な物のように感じていたと思います。

 

子供の頃の本当に困った事というのは、例えば、日頃全く勉強していない自分が悪いのに、

次の日がテストで全然自信が無い時や、女子はお年頃になると仲間外れが日常的になり、

そのターゲットが自分になった時や、今思えば大した事では無い事なのですが、

子供心には真剣な悩みで崖っぷちのような気持ちでした。

 

そんな時、一人仏壇の前に正座して、

「明日のテストでそこまで悪い点数になりませんように」とか

「お友達が許して仲間に入れてくれますように」と必死になって拝んでいました。

 

もう少し大きくなると、高校受験や大学受験、就職試験、

更に「妊娠できますように」とかもっとシビアな悩みの時も最後に辿り着く所は仏壇でした。

 

でも、仏壇の前で長い事拝んだおかげで人生が上手くいったかと言うと、

それはそうでもないように思います。

勉強せずに受けたテストはさんざんでしたし、友達からも暫くは仲間外れにされていたと思います。

受験だって、上手くいったケースと失敗したケースがありましたし、

就職試験も最後の最後は結果オーライだったかもしれませんが、

そこまでの道程はかなり険しかったです。

妊娠も最終的には実現できましたが、涙を流した日も多かったです。

 

でも、本当に辛いと思っている時に、心の拠り所になる物が有るというのはとても素晴らしい事だと思います。

私が大学生の時に父方の祖母が亡くなり、その時初めて面識がある人がご先祖さんになったので、

それまでは全く面識の無いご先祖さんを心の拠り所にしていた事になります。

でも不思議なのですが、自分に面識の無いご先祖さんであろうと、

自分に面識のあるご先祖さんであろうと、仏壇やお墓の前に来ると同じ気持ちになれます。

 

勿論父方の祖母には生前とても大事にして貰ったので、祖母の事を思い出すと心は温かくなります。

でも、仏壇やお墓の前では同じ気持ちです。

もっと大きな心の拠り所のように感じられます。

私はたまたま仏壇のある家で育ったのですが、それはとても幸せな事だったと思っています。

ご家庭で先祖供養を

私は現在40代ですが、現在同年代の方でも自宅にお仏壇を置いている人は本当にまれになりました。

私の世代は幼いころは祖父や祖母と同居している家族が多く、遊びに行けばどの家にもその当時はお仏壇があったように思います。

またお盆、お彼岸と言うと我が家にもお坊さんがいらっしゃってお仏壇を拝んでくれました。

そんな風景はその当時はある意味当たり前のように感じていましたが今の時代は違ってきているようです。

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