日常の中での供養、母の死をきっかけに考えた供養するという意味

母が亡くなるまで我が家には仏壇がありませんでした。

ですから、毎日の生活の中で御先祖様の供養をするという習慣がなかったんです。

ですから母が亡くなり家に仏壇を置くにあたって、

まずはこの狭く家具がひしめいているマンションの部屋の中で、

どの位置に仏壇を置くかが問題になりましたが、

「ここは方角が悪い」、「ここは玄関から丸見え過ぎ」

など議論した結果「結局わからないから住職さんに聞こう」と言う結論に至りました。

 

毎月命日に檀家のお寺の住職がお経を上げにやって来きます。

その時に「北側はよくないんですよね」とか

「家族みんなが寝た時に足を向けない方がいいんですよね」とか、

色々質問してみたところ、住職いわく「こだわらなくていい」と言うことでした。

 

「そういったことをどんなに気にしたところで、

それが本当に亡くなった人がどう思うかなんてわかりはしない。

家族がここでいい、と思って供養すればそこが最善の場になる」

と言うのです。

 

なるほど、確かにこんな狭いマンション事情の中で、

仏壇をどこに置くかを考えた時、完璧な場所などなかなか見つかりません。

それでも足を向けることだけは、はばかれたので各々の部屋のベッドの位置を変えたりしながら、

仏壇に足が向かないようにはしました。

 

お仏壇は毎朝、掃除していました。

とてもきれい好きな母だったので、掃除だけは毎日しようと思ったのです。

花も切らすことなく供えていました。

ただどうしてもご飯を晩にしか炊かないので、朝にご飯を供えることはできませんでした。

 

ある日、職場の何人かと仏壇について話した時に、そこまでしないと言う人がほとんどでした。

毎日掃除もしないし、花も一月に一回新しくするくらい、祥月命日くらいしかお坊さんも来ない、と言うのです。

その当時はそれでも「お母さんにできることは、もうこれくらいしかないから」の思いで、

その後もずっと同じように続けていました。

 

ある時、遠方から母方の親戚であるいとこが家にやって来ました。

2、3日泊まっていったのですが、その時に毎日仏壇を掃除する私を見て

「そんなに毎日する必要はない」と言ってきました。

「花の水も毎日取り替えなくてもいい」と言い、

「花の水があるんだから、水を供える必要はない」と言うのです。

 

花の水を取り替えない上に、その水を仏様へ供える水としてもいい、と言う考えには驚きましたが、

その教えがいとこの檀家の住職が言っていたと聞き2度驚きました。

 

「毎日、供養することは良いことだけど、それは自己満足でしかない、

あくまでも生きている人間を優先に感謝しないと」と、

亡くなった母よりも今生きている父をもっと大切にしなさい、と言うのです。

 

いとこの言うこともわからなくはありません。

確かにもっと父に感謝すべきということは納得できます。

でも、だからと言って亡くなった母に、花の水を飲めと言うようなことはどうしてもできません。

しかも、その水も毎日取り替えなくていいと言うのですから。

 

いとこが帰ってからも、しばらくは心に引っかかるものがありましたが、

やはり今まで通り毎日掃除も水も替えました。

私は根が面倒くさがり屋なので、いとこの言うようにしてしまうと

「生きているものを優先」を悪い意味で言い訳にしてしまい、供養を蔑ろにする気がしたのです。

毎日することが自己満足と言われてしまうと、

確かに自分が納得したいからという部分は少なからずあるのかもしれません。

 

私は母が亡くなるまで家に仏壇が無かったこともあり、

日常生活の中で当たり前のように先祖を供養するという習慣を持たずに生きてきました。

供養はお盆や法事など特別なイベントでするのもだったのです。

それが毎日できるものなんだと、初めて知ったわけです。

 

本当は日々の生活の中で、たとえ仏壇が無くとも供養する気持ちを持つことができていれば、

それに越したことはないのでしょう。

それでも母の死を機に初めて知った、供養はイベントではないということ、

そして毎日普通にできるものだということは、とても新鮮なことだったのです。

 

これからも母や祖父母の先祖、そして今生きている父への感謝を忘れずに

日々過ごしていきたいと思っています。

ご家庭で先祖供養を

私は現在40代ですが、現在同年代の方でも自宅にお仏壇を置いている人は本当にまれになりました。

私の世代は幼いころは祖父や祖母と同居している家族が多く、遊びに行けばどの家にもその当時はお仏壇があったように思います。

またお盆、お彼岸と言うと我が家にもお坊さんがいらっしゃってお仏壇を拝んでくれました。

そんな風景はその当時はある意味当たり前のように感じていましたが今の時代は違ってきているようです。

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