お墓参りについて

私はお盆には父方の祖父の墓参りにいきます。

私は祖父とそんなに会話したことがありません。

祖父は私が小学生低学年のときに死にました。

そのころよりお墓参りに行っていますが、ずっと祖父の為だと思っていました。

 

大学に行くようになってからか、お墓参りは自分のためにするものだということに気付きました。

色々報告し、謝ることもあります。

祖父は私の事で大抵のことでは、びっくりしないし、想定内のことのように受け取っているように私は感じます。

死んでいるのに不思議なのですがそう感じます。

 

また、祖父は怒らないです。

非科学的に思われるかもしれませんが、私は一応、中堅国立大理学部卒です。

先祖を思う事、祖父との会話は私の心の中で行われているのです。

なので非科学的なものでは無いです。自己完結の行為です。

そんなことをする必要があるのかということですが、人によるかもしれません。

 

私は先祖である祖父を大事にしています。どうしてなのかはうまく表現できません。

ですが、お盆に祖父に私の出来事を報告することは私にとって自分を振り返る重要な行事です。

それなら別にお墓に行かずとも、と思われるかもしれませんが、私はどうもお墓に行きたいのです。

おそらく場所に行くことにも意味があると思います。科学的に。

 

私の母はお墓参りにいかないし、自分の墓も要らないと言っていますが、それでは私は困るなと思っています。

もちろん私が母より先に死んでしまう可能性もありますが。

しかし、困る一方で、母が望むならお墓にいれないのがいいのかなと思っています。

海に散骨してほしいらしいですが、やはり、本人が望む形が一番よいと思います。

 

私の母が死に散骨した場合私はどうやってお盆に母に私のことを報告したら良いのでしょうか。

母は千の風になるのだというのですが、では、私は空に向かって死んだ母に報告するのでしょうか。

その時にならないと分からないですが、なんとかなるのでしょう。

 

また、母に限らず、最近は散骨が流行っているようですが、

先祖に対する供養の意識が薄れているのでしょうか。

お墓や葬式は、坊主が儲かるだけだとか言う人がいますが、

そんなことを言ってしまうと私たちは何を信じ生きていくのでしょうか。

心が貧しくなってしまったらお金があっても幸せにはなれないと私は思います。

逆に私のように貧乏でも心が幸せなら良いのではないでしょうか。

お盆のときくらい自分のことを報告する場所があった方が良いと私は思います。

ご家庭で先祖供養を

私は現在40代ですが、現在同年代の方でも自宅にお仏壇を置いている人は本当にまれになりました。

私の世代は幼いころは祖父や祖母と同居している家族が多く、遊びに行けばどの家にもその当時はお仏壇があったように思います。

またお盆、お彼岸と言うと我が家にもお坊さんがいらっしゃってお仏壇を拝んでくれました。

そんな風景はその当時はある意味当たり前のように感じていましたが今の時代は違ってきているようです。

続きを読む




先祖供養 関連記事


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL